YOU'VE GOT A FRIEND

 驚愕の大震災が起きて以来、その情報を凝視している数日間、底知れない喪失感に支配された放心状態の日々を送っていた。
 5日目のことだった。
 「私は生きてます!!・・・アンジーも元気です・・・・」というメールが入った。
 宮城県塩竃のKさんだった。スタッフ全員から歓声が上った。
 Kさんのメールには、自分の無事を知らせただけでなく、こんな私の身体を気遣ってくれる言葉まで添えられていた。
 
 以前「縄文の犬」というコラムを書いた。(2004,12,25)
 このコラムで塩竃のKさんと愛犬アンジーのことにも触れている。それほど長い期間にわたるお付き合いで、実は今年、桜の咲く時期に塩竃に行く約束をしていた。
 その際、石巻まで足を伸ばし、舟で1時間といわれる「田代島」という猫島にも行ってみようと考えていた。それもあったので、ニュースから流れる情報から眼をそらすことが出来なくなっていたし、連絡を取ってみようとも思ったが、無理かもしれないししばらくは静観しているより仕方ないとも思っていた。実際のところほとんど足がすくんでしまっているような体たらくだったので、連絡をする勇気もなかったのだ。
 「縄文の犬」の遺跡が展示してあるのは、塩竃の隣町の多賀城で、TVから流れるニュースの映像では、その多賀城の町が津波にのまれている様子も写し出されていた。
 
 月に一度のペースで書いているこのコラムの原稿は、大震災の直前にはほぼ書き終えていたのだが、とてもそんな能天気な話を公表する気にもなれなかった。
 しかし月も変わり、打ちのめされていた被災者の方々から前向きな発言も聞かれるようになり、月も替わったので、少し書き換えてUPすることにした。
 
 私は20年ほど前、突発性難聴という病気を患って以来、今でも右耳が始終耳鳴りがしていて、右耳では電話の声も聞こえない。
 ひと月ほど入院して治療を受けた。高周波と低周波はある程度回復したが、最も重要な中周波がほとんど回復しなかった。この病気の原因はよく分からないようであったが、担当の医師の話によると、「よほど聞きたくなかった話を聞くことに耳が耐えられなくなって身体的に拒否反応を起こしたのではないか」といっていた。当時、いわれてみれば全くその通りで、仕事上大変なストレスを抱え込んでいて、耳をふさぎたくなるような思いで日々を過ごしていたのだ。
 
 最近になって、また耳をふさぎたくなるような様々な生活環境が身の回りに起きたことで、そんな状況から逃避するにはどうしたらよいのか考えた末、ヘッドフォンで耳をふさぎ音楽を聴いていようと思いついた。
 今は、iPodという優れものがあって、300枚ほどのCDが取り込め、どこにいても音楽を楽しむことが出来る。予算のある限りヘッドフォンは良質のものを選ばねばならない。
 私は、物心がついてからほぼ60年間もジャズを偏聴しているため、取り込まれているCDはほとんどがジャズなのだが、ごく一部にジャズ以外の音楽も入っている。
 その少ない部類の一枚がキャロル・キングの「TAPESTRY」というアルバムだ。何故このアルバムを持っているかという訳は、ジャケットのデザインが素晴らしいからに他ならない。長年のレコード集めの経験上、ジャケットのデザインの優れているものは肝心の中身の音楽も優れている。この、勝手に私が作った法則はほとんど外れたことがない。
 窓辺の陽だまりに片膝を立てて座っているキャロル・キングの前景に、飼い猫が、少し落ち着かない様子のカメラ目線で座布団に座っている。このジャケットのちょっとシュールな感じがとても良い。
 無論ジャケットが素敵なだけでなく、良きアメリカが横溢している名曲ぞろいの名盤なのである。

1104061

 眼一杯音量をあげヘッドフォンで耳をふさぎジャズを聴きまくっていて、それに時々疲れると、猫のジャケットに思いをはせながらキャロルキングを聴いていたある夜、そろそろ寝ようかと思ってヘッドフォンを外しテレビをつけると「マルタ島の猫」というドキュメント番組をやっていた。
 
 長靴のようなイタリアのつま先でポイッと蹴られて転がった小石のように、地中海の真ん中に浮ぶ島「マルタ共和国」は人口が38万人のところ、猫が50万匹以上もいるという猫だらけの島なのだ。そのほとんどが野良猫なのだが、餌を与えている人達はその猫たちは自分の飼い猫だという意識でいて、特別よく面倒を見た人は表彰されるというようなお国柄なのだ。
 1時間半という長時間番組だったが、猫たちとそこの住む人々の営為が、まるで猫と共に時間が動いているかのように感じ深く共感を覚えた。
 そんなマルタ共和国も、リビアの石油施設で働く人も多いようで(2週間勤務で2週間の休み)、現在のリビア情勢では大変な事になってしまっているのかも知れない。
 
 話が横道にそれたり長くなってしまったが、こんないきさつがあって、桜の咲く時節になったら塩竃に行きKさんと逢って、日本のマルタ島とも言われている「田代島」にも行ってみようと、のんきなことを考えていたのだった。
 
 この度の大震災については様々なことについて考えさせられた。
 しかし、そのことを書き連ねるのは私の任ではないのでここには書くつもりはない。
 また、もう「田代島」に行くこともかなわなくなった。
 現状では、まだ被災地に宅配便が届かないのだが復旧したなら、この地域のお客様には、犬や猫たちの食餌をお見舞いとしてお届けしたいと思っている。加えて、キャロル・キングの「TAPESTRY」も一緒にお送りしたい。どの曲も素晴らしく勇気を与えられるが、特に「YOU’VE GOT A FRIEND」を聴いてほしい。
 
 こんなときに音楽や猫の話どころではないと思う方もいるだろうが、ノーベル平和賞のシュバイツァー博士は「人間の艱難辛苦を救うのは、音楽と猫である」という言葉を残している。
 私は、この言葉に犬も加えたい。
 塩竃の海では3週間も飲まず食わずで漂流していた犬が奇跡的に救助されたというニュースが入った。

 
scroll-to-top