ふたたびの挑戦 そのⅢ

 私のようなズブの素人が、化粧品の石鹸やシャンプーを商品化しようなどと考えることは、余りにも無謀であり酔狂なことに違いない。
 しかし、素人だからこそこれまでの常識を覆すような理想の商品が生まれる可能性もあるのではないかと思ってもいる。
 このシャンプーは化粧品メーカーに製造を依頼しなければならないが、そんな私の無茶な考えや要望に対しどのように応じるのだろうか。
 そして望まれた、あるいは望まれる以上のシャンプーを造ろうとするのだろうか。それとも犬、猫も使えるシャンプーと言った途端に門前払いを食らうのだろうか。
 
 今でこそ、犬や猫たちに馬肉のRAW FOODが商品化され、あちらこちらで販売されているが、私が最初に始めようとしたときには、人間用の食肉加工業者のどこにどう頼んでも、犬、猫の餌の仕事などとんでもないと断られ続けた。
 誰もやった事のない仕事には、とてつもない苦労が付いてまわる。
 今回、犬、猫のために化粧品レベルのシャンプーを造るために化粧品メーカーに製造を依頼するにあたっては、昔の体験がトラウマとなって甦ってきた感じもある。

1208091 私がお願いしてみようと、直感的に見当をつけた化粧品メーカーは、静岡にある l’ours blanc(株)だった。どうしてそこを選んだのかについては、あくまでも直感なのだからうまく説明ができない。
 早速、恐る恐る電話連絡をして用件を伝えた。
 ところが、そんな心配は他所に、電話先の賤機社長は一通りこちらの話を聞いた上で、犬、猫用のシャンプーはやったことはないけれど、まぁ一度お会いしましょう!という事になった。数日後、賤機さんが100CLUBのショップにやってきた。
 
 どのような世界においても、有能なクラフトマン(職人)に共通するのは、ものづくりに対し徹底的に真摯であること、そしてハートが熱い人だという点ではないだろうか。
 初対面の賤機さんから私が受けた印象は、私のアイディアを実直に捉え、的確なアドバイスを与えてくれ、最終的には目的の商品を製造に当たってくれるという、ある程度長期的に良好な関係を築かねばならないパートナーとして適任であることの確信を持った。
 そういう意味からも、賤機さんのクラフトマンシップによって、これまで世にある既成の商品とは一線を画すシャンプーが誕生するのではないか、という期待が否が応にも膨らんだ。
 
 それから二ヶ月ほどして、クリーム、天然・無添加の固形石鹸・シャンプー、ケミカルシャンプー等々、それぞれ数種のサンプルが造られ、賤機さんから本格的なプレゼンテーションを受ける事になった。
 
 ここで、その詳細を語ることは無理な話だが、最も重要な点だけはお話しておかねば新商品を発表する意味がない。
 化粧品一筋二十五年のクラフトマンの言葉は重い。
 
 「天然とか無添加といわれている石鹸やシャンプーも、そもそも水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)用いた化学反応(鹸化)によって造られます。したがってそのような原料を使用して造られた石鹸を天然と表示するのは無理なところがある。
 また、石鹸、シャンプーを構成する多くの原料には防腐剤が使われておりますが、このケースをキャリーオーバーといい、薬事法ではキャリーオーバー成分は表示しなくも良いとされているのです。
 結論から言えば、天然、無添加で石鹸を作ることはほとんど不可能であり、特に液体シャンプーは100%造れない、と言って過言ではありません。」
 仮に、液体シャンプーに防腐剤を入れなかったとしたら
 「先ほどお話ししたように、シャンプーを構成するそれぞれの原料に防腐剤が使用されているのですから、あり得ない話であることを前提とすれば、そのようなシャンプーは腐ってしまうということです。」
 「合成界面活性剤や添加物が、悪者扱いされているが、これらを使うことが駄目だと言うならば、スーパーやコンビニで販売されている食品や飲料の大半が法の規制を受けて販売ができないことになってしまいます。」
 「良いシャンプーというのは、汚れをきちんと落とし、なお毛髪を健康に保ち頭皮を傷めないシャンプーです。なお安全性の確保を第一に、科学的理由をもって原料を厳選し適正な配合を行なうことが重要です。その目的を達成するためにはケミカル(化学)を活用することでしか良いシャンプーなんて出来ないのです。」
 
 私たちは、石鹸にしてもシャンプーにしても、いったいどのような理由を購入選択の根拠としているのだろうか。
 溢れかえっている情報、そして大量の商品。
 その中から私たちは間違いなくひとつの商品を選択し、毎日風呂に入り身体や髪を洗っている。
 私は、このような理由によって○○ボディソープと△△シャンプーを使っているのだと、論理的に説明のできる人はどのくらいいるのだろうかと考えることがある。
 思えば、畏友であった石岡瑛子さんは、資生堂宣伝部のアートディレクターとして大活躍した。前田美波里の焼けた肌に白い水着が印象的な「BEAUTY CAKE」のポスターは、貼っても貼っても剥がされ盗まれてしまうという伝説を作った。そして資生堂の化粧品は売れに売れた。
 このような現象は、とどのつまり石岡瑛子のトリックに乗せられてしまったのであって、消費者は商品の内容をどこまで把握して購入していたのか分からないのではないだろうか。
 
 私が静岡にある賤機さんの工場に出向いたのは、サンプルを頂いてから二ヶ月位経った頃だった。

120809b1 初めて見る化粧品製造工場は、隅から隅まで衛生管理が行き届いた清潔感溢れる空間で、そこにさまざまな用途を持った機器が整然と並んでいる。
 このような設備、そして環境を整えなければ化粧品製造所として薬事法の認可はおりないであろうことが実感できた。
 これまでの間、多くのお客様にサンプルをお試しいただき貴重なご意見をいただいた。それを集約し賤機さんに伝え、最終的に商品化するべき方向性が決まった。
 どうせここまでやってきたのだから、人間用の化粧品シャンプーとして、これ以上のものはないくらいの極上品を造って欲しいと願った。
 
 それからまた数ヶ月、サンプルを造っては試し造っては試しと、一時どれがどれだったのか分からなくなってしまうほどだった。
 このたびシャンプーの開発については、多くのお客様に大変ご協力いただいていた。それでも迷いに迷っていたある日、その中のお一人、Iさんからお電話を頂いた。
 「もう動かしちゃ駄目! すごい。いい感じ。絶対変えないで!」
 このIさんの一言で、足掛け三年にも及んでしまった、新たな価値をもった画期的なシャンプーがようやく完成することになった。


追記 :「100 Shampoo for whole family」として世にでた新シャンプーは、良質であること、安全であることを担保するために、薬事法に定められた全成分表示に留まらず、全成分の配合目的、加えて、薬事法では義務づけられていない各原料成分に使用されている防腐剤、いわゆるキャリーオーバー成分もHPに表記いたします。


 

 
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