DORIS DAY AGAIN

dorisday1 敗戦後、アメリカ文化が津波のように日本に押し寄せてきた時代、私の住む町にそれまであった「電気館」という邦画館に加え「セントラル」という洋画館が出来ました。
その洋画館の映写技師の息子のE君が転校してきて、たまたま私のクラスに入り席も隣になったのですが、これはたまたまということでなく、先生が恣意的にやったことに違いなく、つまり転校生の面倒を見ろということだったのだと思います。
そのときから私は毎日のようにE君の家に遊びに行くようになりました。
E君の住まいは映画館の中で、しかもスクリーンの真裏にあったため、うるさくて話も出来ず仕方なく客席側に移って遊ぶことになったのですが、そうすることで必然的に毎日ただで映画を見ることが出来たのです。実はそれが目的で、時には狭い映写室に入れてもらい、絶対見てはならない玉手箱の中をのぞいてしまったかのように胸がときめいたものです。
「昼下がりの情事」という映画は、ジョージという男が主人公の西部劇だと思い込んでいたころの年齢で、その頃から映画、そしてジャズを通してアメリカがズンズン私の中に染みこんできたのです。

 当時、映画女優ではマリリン・モンロー、そしてドリス・ディがなんと言っても双璧で、モンロー好きの男は浮気者、ドリス・ディ好きは家庭的な男だとアメリカでは言われていたようで、それは日本でも同じことだろうと思いますが、私は二人とも好きでした。
もともとジャズ歌手だったドリス・ディは当然歌も抜群でした。
「センチメンタルジャーニー」「二人でお茶を」、映画『カラミティー・ジェィン』で歌った「Secret Love」はアカデミー主題歌賞、主演女優賞を取った『知りすぎた男』の「ケセラセラ」。枚挙に暇がないくらいで、ここのところはモンローといえど太刀打ちできるものではありません。
邦題『先生のお気に入り』の「ティーチャーズ・ペット」でペットという言葉を始めて知った私は、恥ずかしいことに相当期間、ペット言えばお気に入りと刷り込まれてしまっていました。
そばかすだらけだけど、知性的でかつたまらなく愛くるしいバービー人形のようなドリス・ディの存在は、多分それからの私の女性観の基準になっていたような気もします。

 ある日の深夜、酔って家に帰りTVをつけると、偶然にもドリス・ディのドキュメンタリー番組をやっていて、いっぺんに酔いがさめTVに釘づけになってしまいました。

 ドリス・ディは、まばゆいばかりの銀幕での活躍とは裏腹にプライベートは不遇で、取り分け男運が悪く、映画で絶頂期にあった頃とんでもない亭主にすべての資産を使われ破産に陥ったこともあったのだそうです。
TVの「ドリス・ディ・ショー」で奇跡的に復活をとげ、その後カリフォルニアのリゾートタウン、カーメル(クリント・イーストウッドが市長だったこともあり、私もカーメルには二度ほど行ったことがあります。)に住み、たくさんの犬たちと暮らすことになるのですが、隠居生活ということでなく、まもなく捨て犬の里親探しのボランティア事業を始め、現在ではアメリカの主要な三つの動物愛護団体を主宰するほどの大活躍をしているのです。
1920年頃の生れの筈ですから御年80?才になるのでしょうが、そんなことは関係ありません。あのドリス・ディはやっぱり素敵なドリス・ディじゃないですか。
たくさんの犬たちの里親になってともに暮らし、より多くの生命を救うためボランティア事業に懸命に取り組んでいる、その姿の何と美しいことでしょうか。
「FALLING IN LOVE AGAIN」 そんな気分です。

 私は寡聞にして、このような事実を最近まで知らずにいたのですが、100CLUBのお客様には里親ボランティアで活躍されている方々がたくさんいらっしゃいます。
100CLUBは日本の多くのドリス・ディに支えられていることの幸せを感じます。

 
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