生命は再生する

犬や猫たちを飼養し共に暮らすということは、言うまでもなくその「死」をも受け入れることになる。
犬や猫を飼うのは嫌だ、という人の多くが、その「死」を受け入れ難い、という理由によるものが多いと思う。中にはそんなことも考えずに可愛い仔犬の魅力に抗いきれず衝動的に飼ってしまう人も少なからずいる。

100CLUBのお客様のAさんはドーベルマンと暮らしていて、10日に一度は馬肉を買いに見えていた。自転車でドーベルマンを引き、駒沢公園のドッグランでもたびたび見掛けていたが、とにかくAさんとそのドーベルマンとの一体感は素晴らしいもので、その姿を拝見するのが楽しみにもなっていた。
そのAさんが暫くショップに見えなくなった。私も毎日ショップにいるわけではないので、しばらくの間はタイミングが合わなかったのだろうと思っていたのだが、ある時、スタッフにAさんのことを聞いてみた。すると、スタッフ間でもAさんのことが気になって話題にのぼっていたのだが、不吉な予感を感じてもいたようで、「まさか電話をするわけにもいかないですよねぇ。」と皆が顔を曇らせた。

ある日の夜、ショップから家に電話があった。
Aさんが一人でショップに見えたこと。ショップにいた雪の丞をいつになく可愛がっていたこと。私に連絡しましょうかと言ったら、「いいです……いいです。」と遠慮されたこと。つまり、二ヶ月ぶりにお見えになったAさんの尋常ならざる様子に、スタッフの不吉な予感が現実になってしまったのではないか。だからといってAさんにどうされたのか聞くわけにもいかないので、私からAさんに連絡したほうがいいのではないか。という内容だった。その後、時間を見計らって、私はAさんに電話を入れた。

Aさんから、当たってほしくない予感通りのいきさつを聞いて、頭が真っ白になってしまった。とんでもないことを口走って、かえってAさんを傷つけてしまうようなことになったらどうしようか内心ではオロオロするし、傍らでは様子を察知した家内が泣き出す始末で、今もってその時Aさんと何を話したのかよく覚えていない。
普段のAさんと愛犬の様子をよく知る者としては、胸を締め付けられる思いがした。

数日後、Aさんに会って、私に会おうとするまでの間、想像もできないほどの深い悲しみに耐え、それでも愛犬の死を受容し一歩踏み出したのだろうと感じた。

それから2度ほどお茶を飲んだり、飯に誘ったりした。慰めにもならないことをあれこれ話したり、とにかくAさんの思いのたけの全てを聞いたつもりだ。

私は誰よりも多くの犬を飼った体験があると思っているのだが、同時に多くの犬たちとの別れの苦しみも嫌というほど味わっている。私自身だけにとどまらず、100CLUBを始めてこのかた、多くの愛犬家の方々の犬や猫たちとの別れの悲しみに付き合うことにもなった。
そんな時、お話を伺う以外悲しまれている方に何も言うことはできず、ただただ一日も早く立ち直って欲しいと、心の中で願うばかりなのだが、やや悲しみも薄れかかった様子が見て取れたタイミングで、私は決まって「また、可愛い仔犬を飼いましょうよ」と言う。
何故なら、喪失した悲しみから癒えたのちに襲ってくる寂寥感が堪らないことを知っているからだし、そうすることで過去は記憶の一片となり、その記憶と新たに迎えた子との生活が常に重なり合って、生命の連鎖を実感する喜びを感じることになるからだ。少なくとも自分はそのように感じている。

犬や猫たちとの生活については、飼い主である人の性格や感性、価値観によってその営みのありようが少しづつ違ったものになる。
特に、その避け様もない「死」に遭遇した場合、それぞれの人の持つ死生観、また感受性の差によって、愛犬の「死」をどのように受容するのかにも違いがあるのだと思う。
ただ、私が確実に言えることは、避け様もない愛犬の「死」が飼い主にもたらすものは、たとえようもない美しい記憶の宝物をさずかることなのだ。
犬や猫たちを飼養し一緒に暮らすことの恩恵の第一は何かといえば、愛すべき生命の、「生」と「死」に濃密にかかわることから得られるかけがえのない体験なのであり、「慈愛」の精神はここから生まれる。

愛犬王といわれた平岩米吉の亡犬の歌に、

100110b1 という2首があるが、平岩は、多くの犬との暮らしを経て文学を生んだ。

100110a1

 Aさんは、愛犬の死からおよそ3カ月で、前の子の生まれ変わりと思えるほどそっくりのドーベルマンの仔犬を手に入れた。私には、このことが自分のことのように嬉しかった。以前のように、いつでもどこでもドーベルマンと一緒にいるAさんの新たな生活が始まり、同時に亡くなってしまった子との懐かしい記憶のあれこれもしっかりとAさんの心の中に生きている。
Aさんは、この一件を機にブログ「Good Morning, Allie!」を立ち上げた。
その犬との暮らし振りについては、ぜひブログをお読みいただきたいと思う。

 
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