犬や猫たちに人間は必要なのか

このブログを始めて間もなく一年になる。
書き続けていてふと気が付いたことがある。
永いこと犬養いを続けていたのだが、犬にとって人間と暮らすことが本当に幸せなのだろうか。それとも犬は犬たちだけで暮らすことのほうが望みなのではないだろうか。
これはあくまでも非現実なことで、今の日本社会で野良犬状態は許されるはずもないのだからただの妄想に過ぎない。

3万年といわれる人と犬たちとの付き合い。それは双方にとって共生しなければ生きられないというメリットがあってこそ、これほどまでに続いてきた歴史的事実なのだろう。
ところで、犬たちは人から食餌を与えられなければは生きていけない動物なのだろうか。猫たちはどうなのだろう。
江戸の町には、飼い犬も飼い猫もいただろうが、10万頭ともいわれる野良犬、そして野良猫も大量にうろついていて、綱吉の「生類憐みの令」ではそれを各所に保護し飼育をした。落語の品川心中に「・・・犬の町内送り・・・」というくだりもある。
そのくらい多くの野犬がいたのだが食べ物はほとんど自己調達していたようだ。

その頃は、狂犬病も含めトラブルも多発していたのだから、今更犬たちを野放しにしたほうがいいなどと言うつもりではない。
今、日本では、犬や猫たちはほぼ完全に人間に管理されている。外へ散歩に行ってもリードに繋がれ、家に帰れば一歩も外には出られず、番犬でもないのに長時間の留守番もさせられ、食べたいものも自分では選ぶことはできずあてがい扶ちだ。
それでも食べることには貪欲なものだから食餌の時は大喜びで、合間に与えられるおやつにいたっては狂喜する。

したがって現代では、犬たちは人間が面倒を見なければその存在すらあり得ない。
しかしそれが本当に犬たちにとって、望むべき幸せなあり方なのだろうかと思わずにはいられない。
それはドッグランや許されるべきフリーな空間で、犬を放し、犬たちだけで人が関わらない環境を与えたらどんな行動をとるのだろうか。食餌だけはこちらの姿を見せないようにして与え、ひたすら自由を与えてあげるとしたらどんなことになるのだろうか。
もしかすると、食餌さえ与えていれば犬は人を必要としていないかも知れない。
むしろ人間こそが犬や猫たちを必要としているのかも知れない。

是非、そんな実験をやってみたい。
以前そんな計画もあったが、また新たな夢が生まれてしまった。

 
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