犬の運命

 先日の夕刻、酷暑に耐えながらショップで仕事をしているところに電話を受けた。
 電話による受注のマニュアル通り、電話番号とお名前、ご注文の商品名を伺った。
 その過程で、どうも初めてのお客様ではないのか、ということを感じ、伺ったところ、やはり初めてのご注文だった。そうなると郵便番号から住所、ご氏名まで伺わねばならない。それだけでなく、話を聞いているうちに、もしや、Nさんの愛犬の飼育を引き継いだ方ではないですか?と伺ったところ、そうです!ということになった。
 驚いた。
 それならそうだと初めから言ってくれれば良かったのに・・・・・。
 そう思いながらも、私は嬉しさが込み上げて、少なからず高揚した調子でEさんと長話をしてしまった。
 
 この件についてのいきさつは次の通りだ。
 東京にお住まいのNさんは100CLUBにとって4年来のお客様でフレンチ・ブルドッグを養われている。
 ほぼ毎月、ご夫妻でショップにお見えになり、カスタムフードをお買い上げいただいているのだが、いつの間にか、お店だけの付き合いだけでなく、夕飯を一緒にしたりするような個人的にもお付き合いする関係にもなっていた。
 そのNさんご夫妻は、数ヶ月前、とても可愛い女の子を授かった。Nさんは内祝いに添えられたお子さんの写真を私たちに見せて嬉しそうにはにかんだ。
 その一カ月後、電話だったか来店されたのか忘れてしまったのだが、次のような深刻なお話があった。
 『出産の前後、愛犬を実家に預けておいたところ、お母様が、散歩の際に3度も犬に引かれ転んで怪我をしてしまった。そのトラブルによるものかどうか、愛犬がヘルニアになってしまった。そして何よりも生まれた赤ちゃんが犬アレルギーであることが解ったことで、これ以上愛犬を養い続けることが困難だという結論になってしまった。ついては、自分でも新たな飼い主さんを探しているのだけれど、そちらでも協力してもらえないだろうか。』
 ということだった。
 Nさんは、これまで馬肉で育ててきたのだから、ならば新しい飼い主さんにも馬肉食を続けることを条件としたいと言った。しかし、そうなるとなかなか新たな飼い主さんを見付けるのは大変ではないか。Nさんも私もそのように思ったのだが、最終的には仕方ないとしても、その線で努力してみようということになった。
 
 しかし、正直言って、馬肉食を販売している立場では、馬肉食を続ける条件付きでこの話を向けていくには、100CLUBとしてはやり難いところがあるため、サイトに載せることは躊躇せざるを得なかった。
 最悪、その条件が叶えられなくも仕方がない、との選択肢も踏まえ、あれこれ手を打ってみたのだが、新たな飼い主さんを探すことは容易でなかった。
 里親(この言葉は使いたくないのだが、そう標榜しているので仕方なくそのまま用いることにする)探しを専門にやっているところもあるのだが、過去に、とんでもなく嫌な思いをしているので、そのようなところに頼むのだけは止めることにした。
 出来るだけの努力をスタッフともども行ったのだが、どうにも思うような結果が出せず、Nさんのお役に立てないふがいない己に多少の嫌悪感すら持った悶々とした日々が過ぎて行った。
 
 そんなある日、Nさんから決まりましたぁ!という連絡が入った。
 軽井沢に住む友人が引き受けてくることになった、という知らせだった。
 良かった。腹の底から安堵した。Nさんの奥さまの顔まで思い浮かんだ。
 自分がお役に立たなかった事をお詫びしたけれど、それよりも何よりも、東京よりも環境がいいだろうねぇ、などと訳のわからないことを言いだす始末で、馬肉食が続くのかどうか、そんなことは頭からすっかり抜け落ちていた。
 とにかく、あれほどの愛犬家が、止む無く愛犬と別れなくてはならない苦しさを知りぬいているだけに、新たな飼い主が知らない人でなく、友人のところに決まった、という安堵感というか、最良の結果が出たことに、Nさん同様、肩に乗った大きな荷物を下ろした気分に満たされた。

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 このようないきさつがあって、そのNさんの愛犬「さんた」の新たな飼い主がEさんということになり、Eさんも馬肉食を続けることになったのだ。
 そして、カスタムフードは新たな飼い主のEさんがそのコストを負担し、ヴェジタブルズやサプリメントのコストはこれまで通りNさんが負担する、という話も決まった。そこまでして、愛犬「さんた」に対し、これまでと全く変わらぬ食餌管理を続けるべきだ。これがNさんとその友人であるEさんとの話し合いの結論になったそうだ。
 このような話を聞いた以上、私としても「さんた」の飼養に一役買わねばならないと思い、商品のサービスを申し出た。
 
 このたびの、Nさんに起った事情は、初めてのお子様が生まれ、その子育てを全力で行なわねばならず、そのような状況下、犬の飼養を続けることは大変なことだ。それでもお子さんが犬アレルギーでなかったら、おそらくNさんは愛犬を手放すことを選択しなかったに違いない。
 犬や猫を養うということは、何らかの事情、事態によって、別れを迎えることは避けがたい現実である。
 したがって、そのようなことになることの覚悟を心構えとして持っていなければならない。
 それにしても、このたびの一件は、その別れが見事に上手くいって感銘を受けた。
 同時に、このような清清しい結果を導いたのはNさんの素晴らしい人柄によるものに違いないわけで、ほんとうに頭の下がる思いがした。
 Nさんに養われ、そして、その友人のEさんのような方に飼養が引き継れたのだが、犬の幸不幸は飼い主によって決まるのだから、そのように考えれば「さんた」は本当に恵まれた生涯を送ることになるだろうと、この仕事を通じて、現実の社会にも素敵なドラマがあることを改めて知ることになった。

 
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