夏の終わりに

 100CLUBを開業してから12年間、年末年始の5日間はお休みを頂いたが、それ以外は年中無休で仕事をしてきた。お正月休みも、スタッフ犬がいる以上、犬たちの世話をしなければならないため、朝夕はショップに出てこなければならない。
 要するに100CLUBを創めてからこの方、12年間、ほとんど休みなしに働いてきたことになる。
 そもそも、商人の家に生まれ、仕事を休むという習慣が身についていないところにもってきて、好きなことを仕事にしてきたことで、仕事が楽しくて仕方ないという側面もある。そういうことだから私は休日がなくても何ともないのだが、廻りの者はたまったものではないようで、批難の声もはなはだ大きくなってきた。これまでは耳を貸さなかったのだが、寄る年波みには勝てず、そのような声に抗えなくなってもきた。
 それに加えて、100CLUBは開業以来赤字続きで、何でこのような仕事をやり続けているのか自分でも分析不能状態に陥ってきているため、スタッフの声に対して何を言おうが説得力のないことおびただしい。
 
 そんな折、誰が言い出したということでもなく、これほど熱い日ばかり続くと身体が保たない。週一回くらい休んだ方が良いのではないか。週一回の休みであれば、お客様のご理解も頂けるのではないか、という声が挙がってきた。
 いや、犬や猫たちの食餌を提供しているのだから休むわけにはいかない、と言い続けてきて、今でもその考えに変わりはないのだが、もう、がむしゃらに先に進むだけの気力、体力も半減してきている己を省みれば、みんなの意見を採り入れざるを得なくなり、9月から毎週水曜日は定休日とさせて頂くことになった。
 
 それにしても熱い、とにかく熱い。
 私の事務所の机上の温度計はゆうに32℃を超えている。
 先日は、ついにたまらなくなって、冷房がバッチリ効いている隣室の犬舎に逃げ込んだ。
 床にダンボールを引いて横になっていると、「レイ」がその異変に気がついたようで、私の身体の回りをぐるぐる廻って、顔をベロベロと引っ切り無しに舐めて、私のことを心配をしているかのような素振りに感じたが、一緒に昼寝をしたのが嬉しかっただけなのかも知れない。
 「珀」と「雪之丞」はそんなことは一切意に介すことはなく、いつものように勝手に昼寝を決め込んでいた。
 
 「虎次郎」と「桜」が抜けて、3頭になったスタッフ犬は、犬たちの関係と私たちスタッフとの関係に微妙な変化をもたらすようになった。
 アルファ犬(ボス犬)は「虎次郎」だったのだが、常にその座は「レイ」に狙われていて、ドッグファイトにならないように散歩の組み合わせや出し入れに相当神経を使っていた。「珀」と「桜」の雌犬同士は本当に仲が悪く、これまでに何回もドッグファイトを繰り返している。そのたびにどちらかが怪我をして、負けた方はへこんでいる様子なのだが、こりもせずにまた喧嘩をする。これまでの勝負は5分5分といったところだ。
 そんな「珀」も「桜」も、犬同士でいるときには喧嘩をするわけでもないのだが、スタッフがそれぞれにリードをつけて、散歩の出し入れのすれ違いざまや、公園で散歩の途中で出っくわすと喧嘩が始まる。止められるときはいいのだが、ちょっと気を抜いた隙に始まってしまうと、もう人間の手には負えない。
 という事は、人間が関わっていないと喧嘩をしないのだから、犬たちから見れば、私たち人間も群れの中の順位付けがなされていることになる。
 
 5頭がいたときはそんな様子だったのだが、アルファの「虎次郎」が抜け、「珀」の喧嘩相手の「桜」が抜けてしまったことで、自動的に「レイ」がアルファになったのだが、新米のアルファ犬はまだまだ度量が小さく、これ見よがしに「珀」や「雪之丞」に低いうなり声を上げてにらみを利かせている。そのたびに「レイ!止めろ」と人間側に怒られシュンとなってしまう。ボスのプライドもあったものではない。今後「レイ」の座を脅かすような存在になる犬を入れることはないであろうから、そんなに慌ててボスぶらなくてもいいのになぁ、と言って聞かせてはいるのだが、無論、聴く耳など持ち合わせているはずもない。
 
 ところで、我が犬たちは、こんなところに飼われたことが良かったのか悪かったのかと思わずにはいられない。
 これまで働きずくめで、この犬たちの面倒をちゃんと見てきたのだろうか。
 私自身は、毎日、この犬たちの傍にいて一日中相手にしていても倦むことはないのだが、果たして犬側から見るとどうなのだろうか。もっとどうにかしてくれ。そういう不満を持っているかもしれない。馬肉を食わせているのだからいいってもんじゃないだろう。そう思っているかも知れない。

1008221

 お客様の犬たちは、あちこちに出掛けて、100CLUBのスタッフ犬よりはるかに楽しく飼い主さん達と過ごしているのだろうと、いつもうらやましく思っている。
 とりあえず、来月から週一回の休日が出来た。
 そうなったら、大好きなドライブに連れ出し海へ行って一緒に泳ごう。野山を思う存分走らせてやろう。
 これからの私の残りの人生の日常は、大好きな犬に囲まれ、とても素敵なお客様たちにお会いし犬話で盛り上がって、そして、一日おきにお世話になっている病院の手厚い思いやりに感謝して過ごす。
 夏の終わりに、何故かしきりと、これまで考えてもいなかった想いに駆り立てられた気分になっている自分に気が付いた。

 
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