手作り食の罪

 犬や猫たちを生涯健康に育てていくために、最も重要なことは、その食性に適合した食餌管理を行うことである。
 昨今、ドライフードや缶詰という従来のペットフードが、きわめて危険なフードであることが広く認識されてきた。そこで登場したのが「手作り食」というニューウェーブで、昔の残飯と違って、実に手の込んだ、愛情のこもった感にあふれた体裁で、思わず自分も食べてみたいと思うほどである。
 
 そういう「手作り食」を提唱している本の著者は、犬の栄養士という摩訶不思議なライセンスを標榜している。
 何故、摩訶不思議なのかと言うと、以前にも書いたような気がしているのだが、犬や猫の栄養学が存在しておらず、したがって栄養学の文献がない。学術文献のない栄養学の分野から、何故、栄養士という資格のみが存在するのか信じられないことだ。
 しかし、その仕組みは簡単で、動物学校ビジネスが盛んになって、それぞれ学校が様々な分野に独自の資格を与えているのである。
 生徒さんは多額の月謝を支払って、何らかの資格を得て、ペットビジネスに就職するため、もしくはペットビジネスを立ち上げようとする目的を持って、動物学校に入学するわけだ。
 獣医師を養成する大学と違って、そこで教えるものは、トリマー、トレーナー、栄養士等々の専門分野に専科が分かれていて、卒業時には然るべき資格が与えられることになる。
 資格が取れない動物学校では、資格を得ることを目的としている生徒さんは集まらないのだから、双方の目的が合致するところで、ライセンスの乱発現象が起きている。
 学術文献のない分野の資格に何の意味もないことは誰でも分かることだろう。
 
 そもそも、「手作り食」という犬や猫たちの食餌は、「食」の擬人化に他ならない。
 肉食動物であり、捕食動物である犬や猫たちに、まるで人間の日替わり定食でもあるようなレシピを展開する。
 その問題点の第一は、捕食動物の特徴である、毎日の食事の内容を変えてはならない、という原則を大いにはみ出している点にある。この原則を守らなければ、犬や猫たちの体調は日替わりで変わってしまい、一定の健康を保つことが出来ない。
 第二は、犬や猫たちの消化器官および消化酵素の構成は、その食性によって決められているにも拘らず、それを無視した食材を与えることにより、消化障害をきたすことになり、そもそも栄養として機能しないことだ。
 例えば、ビタミンCは犬や猫に与える必要はない。
 体内でビタミンCを生産する仕組みを持っている動物だからだ。
 与える必要のないものは、言い換えるならば与えてはいけないもの、ということになる。
 聞くところによると、「手作り食」には野菜ジュースや青汁などまで薦めているものもあるようなのだが、とんでもなく誤った情報だ。
 栄養効果のない「手作り食」によって、可哀想なことに、生まれながらに備わった生命力を発揮することも出来ず、免疫力も低下し、毛艶どころか毛がパサついてしまう。
 慢性的な代謝不能が起こっているのだ。
 今、何故「手作り食」をここまで非難するかと言えば、そのような食餌管理をされ、ボロボロになってしまった犬たちが、このところショップにたくさん見えられるからなのだ。

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 人間社会のコミュニティが崩壊し、家族間にもそれぞれ孤立感が深まってきているような時代にあって、犬や猫たちを友とすることは何よりの恩恵に違いない。
 かの、民俗学の孤高の大巨人「南方熊楠」も生涯猫を友として暮らし「猫楠」とまでいわれている。
 そんなかけがえのない恩恵を与えてくれる犬や猫たちの生命の尊厳を守るためには、いたずらに擬人化するような、愛情のはき違えを慎まねばならない。
 どうも、私たち人間という動物は、自身を客観視することが出来、とりわけ感情を尊ぶ習性を持っているようだ。
 犬や猫に優しい自分を無自覚に演技することが出来るというわけだ。
 猿が進化したわれわれの祖先の人間は、その猿知恵によって畏怖の対象であったオオカミから犬や猫という動物を作り出し隷属させることに成功した。
 そして現代では、江戸時代の悪政の象徴とも言える「犬公方」さながらの風潮が蔓延しているように感じられる。
 
 先日、私が一日おきに通院している病院の看護師さんが、私の職業を誰からか聞いたらしく
 「私は犬アレルギーで、どうも犬がダメなんですけど、犬好きな人ってみんないい人なんですか?」
 と、思いがけない問いかけを受けた。
 彼女が独身なのかどうか分からないが、私は
 「犬好きでも、いい人もいれば悪い人もたくさんいるので気を付けた方がいいよ。」
 と返事をしておいた。

 
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