犬神様の山

しばらくの間、この欄を書くことを意図的に止めていた。そんなことになってしまった理由は、あまりにも溢れかえる情報の渦中に入り込みすぎたことで、危うく自分を見失う危機を感じたからだ。
ミミズの寝言のような話であっても情報発信者の一人である以上、それなりに何がしかの反応を受けることにもなり、あまり気にはしないように努めてはいるにしても、ちょっと気疲れしてしまうこともある。しばらく休ませて貰おうと、日光の猿よろしく、見ざる言わざる聞かざるを押し通してみようと決め込んでいた。
ところが、事の成り行きから三軒茶屋から駒沢にショップを移転することとなり、いつまでもそうしていられない事態となり、心機一転、充電期間の多少の学習効果も生かしつつ改めてこの稿を書き進めていこうと思っている。

この夏の終わりの頃、かねがね、どうしても行ってみたいと思っていた埼玉県秩父の三峰神社に詣でてきた。身近の人たちを誘ってみたが誰も興味を示さなかったことで、おそらく十数年ぶりとなる電車での一人旅となった。
秩父駅に着くと、大正年間から石灰岩の採掘がなされ、年毎にその山容を変えていく関東平野の最西端に聳え立つ巨峰、武甲山の、雄雄しくも痛ましい姿が目に飛び込んでくる。武甲山の山容が変った分コンクリートジャングルが増殖することになるわけだが、この名峰も100年後には消滅するのだと聞いた。

三峰神社は秩父駅から、なお、車で1時間、武州から甲州の境にまで山を分け入った霊気漂う深山にある。先だって故障してしまったロープウェイも、改修の見通しが立たないそうで、このまま行けばいつの日か修験道の行者が開基した当時の如く、そう易々とは辿り着けないほどの秘境になってしまうかも知れない。

漸やく三峰神社に着くと、たまさか資料館では「日本オオカミ展」が開催されていた。たった一人の展観者だったおかげで、宮司さんが付きっ切りで案内してくれ随分と面白い話を聞いた。オオカミ神話をモチーフにした大きな版画の原版が展示されていて、これはかなり古いもので改めて摺ってみたらどうだろうと思い伺ってみたところ、そういうことをしている余裕もないのだと言われてしまった。

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 いよいよ参道に入って本殿を目差した。

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 すると、境内の各所にある鳥居や、神仏混淆のため山門もあり、その傍らに一対の護神犬が鎮座しているのだが、その姿は見慣れた唐系の狛犬の姿とは全く違う。フレンチブル、柴犬、またグレーハウンドかと思わせるような、まさしく犬そのものが素朴なリアリィティを持った姿で奉られている。

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 こんな狛犬見たことがない。とにかく面白い。夢中になってしまった。
おそらく20数対もの護神犬が奉られているようなのだが、もう一歩も足が動かないほど疲れ果て、見逃してしまった護神犬もあったと思う。
これらの護神犬たちの存在は、犬神信仰の由来となるヤマトタケルの神話などはどうでもいい話であって、われわれ人間が如何にその生活において犬たちを頼りにしていたのか伺い知るには充分だ。

車の迎えを待っている間、鳥居の手前にある茶屋で休んでいると、4~5人の人たちが周辺の畑を網で囲う作業をしている。何をしているのか聞いてみると、昨今、鹿が増えすぎて畑や庭を荒らすことに手を焼いているのだと言う。昔は、野に放たれていた犬たちが畑を守るために大いに働いていたに違いないと思うのだが、さすがの護神犬も石造物となって奉られてしまっては、現実の鹿害のお役には立てないというわけだ。

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 今も、私たち愛犬家は犬たちによって大いに救われている。
どうか、お暇があったら一度犬神様の三峰神社にぜひお参りして欲しい。
出来れば、季節は夏がお薦めだ。
神社手前にある茶屋の、自家製野イチゴのシロップをかけた天然カキ氷が絶品なのである。

 
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