原点に回帰する

家から病院へ、病院からショップへと、合わせておよそ2Kmの往復が私の日々の行動範囲なのだが、最近、電動自転車を借りて乗ってみたら、身体から羽が生えたような気分になって、毎日が楽しくて仕方がない。
私の乗っている自転車は、先だって死んでしまった忌野清志郎が乗っていたようなスーパーサイクルではなく、いわゆるママチャリに電動機がついたもので、前後には大振りの買い物かごがついていて、傍から見れば随分格好の悪い姿に違いない代物だ。しかし、もう、そんなことをまったく気にするほどのこともない年齢というか気分になっていて、そうなってしまった環境がとても自由で快適なのだ。
すでに数十年住んでいる世田谷区の一角の、たかだか直径2Kmのエリアに、これまで全く通ったことの無い小路が無数にあって、そんな路地に入り込んでは毎日散歩気分を楽しんでいる。
自転車といえば、映画「明日に向かって撃て」で、ポール・ニューマンとキャサリン・ロスが庭に続く野原で自転車に乗り戯れ、束の間の自由を謳歌しているシーンが忘れられない。自転車に乗っていると、思わずこのシーンに流れる主題曲「Raindrops Keep Falling On My Head」を口ずさんでいる自分がいたりもする。
このような能天気な毎日を過ごしていて、仕事の面では、そろそろ自分の役割も終わったのかも知れない、と思い始めていた。

0908251

 そんな或る日、馬肉専門の加工工場を経営されているTさんが訪ねてこられた。
Tさんは犬を7頭も飼っているという無類の犬キチで、当然のことながら、その飼い犬たちに馬肉をやっているため抜群の成果があがっているのだと言った。
そして、私への要件は、Tさんの作る馬肉を100CLUBで扱ってくれないだろうかという相談だった。
しかし、Tさんが扱う馬肉が国産であるため、私には、この話においそれとは乗れない理由があった。

私は犬や猫たちの食餌には生馬肉食が最適であると提唱し、日本において最初に商品化した立場ではある。しかし国内では、馬が食用として生産、畜養されていないため、これまで100CLUBでは国産馬肉を用いることはなかった。その後、ペットフード界に生馬肉食が広まったが、ほとんどが国産馬肉を使用していた。
なぜ、100CLUBでは国産馬を使わないのかとか、熊本の馬刺しは国産馬肉ではないのか、などという批判を受け続けてきた。
この点においては、昨年だったか、熊本の国産馬肉が実はカナダ産であったことが明らかになったことで、これまでの私の主張が誤りでなかったことが証明されたと思っている。
国産馬肉とは、つまり、競走馬として産出されながら競走馬にはなれなかった馬、もしくは引退した競走馬が食用に転用された、つまりサラブレッド種である。
これまで国産馬肉を使わなかったのは、肉の品質の問題ではなく、競走馬を食べることに対して、それはどうなんだろうという私自身のマインドの問題であり、食用の輸入馬があるのならばそれを使うべきだろうと考えていた。

こんな思いをTさんにお話ししたところ、とにかく工場を見てくれないかと誘われ出向くことになったのだが、そこで見たものは、ふやけ切ってしまっていた私の頭を一撃で覚醒させるに十分な、とても正気の沙汰とは思えない、Tさんのモノ作りに対する真摯な熱情だった。
Tさんの仕事振りを見たことによって、私の国産馬に対してネガティブだったマインドは一挙に変化することになった。
しかし、それは、単に国産馬肉を受け入れたということではなく、Tさんの、こだわりまくった仕事振りを認めたということであり、国産馬肉をすべて受け入れたということではない。
Tさんの扱う馬肉の各部位は、屠場から生のまま直送されてきて、すぐさまTさん自身が見事な包丁さばきで様々な形状に切り分け、生のまま真空パックされその後冷凍保存される。
つまり、Tさんのやっていることは、新鮮かつ安全であることにおいて国産でなければ成し得ないことであり、同時に、Tさんでなくて、こんな酔狂なことをやる人間は絶対にいない。
この世知辛い世の中で、犬たちが喜ぶことなら出来ることは何でもやってやろうと、営利を至上目的にするのではなく、犬キチとしての使命をちゃんと果たそうとすることを優先し行動する人間なんて、めったにいるはずがない。

0910271 そんなこんなで、Tさんと私とはすっかり意気投合してしまい、二人で考え作り出した新たな生馬肉の商品を、近く100CLUBで発売することになった。
最初から最後まで、新商品に関わった全ての人の顔が丸見えで、いわば究極のトレーサビリティーとなる。
今、こんなに新鮮で安全な馬肉であるならば、チルド(冷蔵)でも扱ってみようとまで、犬キチ二人で相談している。
無論、これまでの100CLUBが扱ってきた馬肉も自信満々の商品であり、今後も取り扱っていくことに変わりはない。

このたびの100CLUBの新展開は、犬や猫たちの食餌には生馬肉が最良の食材である以上、新たな食材でリスクを拡大せず、あくまでも馬肉にこだわって深化させ、お客様に新たな選択肢を提供することになった。
改革というものは、原点回帰という事なのかも知れない。
それにしても、馬肉なり鯨を生で食べる、という食文化を持っている日本で飼育されている犬や猫たちは、何と幸せなことだろう、と思わずにはいられない。

 
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