ムツゴロウさんに異議あり

 畑正憲、と言うより動物王国のムツゴロウさんと言った方がペットの愛好家の皆様には通りが良い。
その、ムツゴロウさんに対し、私は昔から憧憬の念を持っていた。動物タレントとしての彼にではなく、「麻雀放浪記」の阿佐田哲也(朝だ!徹夜だ、がペンネームの由来)と双璧といわれる、プロの麻雀士として憧れの人だった。
長髪、痩躯の畑正憲の麻雀は、くわえタバコを切らすことないチェーンスモーカーで、ムツゴロウでなくウツゴロウと呼ばれるほど寡黙に鬼気迫るその姿は、ばくち打ちのダンディズムここに極まったというくらいカッコ良かった。

そのムツゴロウさんが、前々回のコラム「続、ついにペットフードが…」に書いた、賞味期限切れのコンビニ弁当で飼料を作っている会社が商品化したペットフードに次のような推奨文を書いた。
文章家としても北杜夫を師とするその文章に対し異議を唱えることには気後れするところもあるが、事、犬たちの健康に関わることである以上どうしても黙っているわけにはいかないと意を決した。
以下は、ムツゴロウさんの推奨文の抜粋である。


    私にとって、ドライフードは革命的でさえありました。

  • ‥‥十年、二十年と経つ内に、皮膚に問題が生じたり、骨の発育が思わしくないものが出たり、困難にぶつかりました。
  • ‥‥何かがおかしい、私はそう直感しました。
  • ‥‥肉を乾かして丸めてあるものだと信じ込んでいたのですが、トウモロコシや小麦、豆などの穀類の成分が、約半分の量加えられていたのです。それが四十年前のことです。私は自分の思いこみや、無知さかげんに呆れました。
  • ‥‥犬は肉食動物です。オオカミやコヨーテと同じように、その祖先は、獲物を倒して食べていました。私は、アフリカやアラスカで、彼らが食べる現場を何度も見ました。まず、腸を引きずり出して、中身ごとむさぼります。
  • ‥‥小鳥かネズミを丸ごと与えると、健康が保てます。
  • ‥‥大自然が育んだ食べ物の中には、まだまだ、人がさぐり当てていない大切なものがぎっしり詰まっています。だとしたら、ニワトリなどの各部位を、丸ごと与えてしまえばいいわけです。自然にかえれ、です。
  • ‥‥私はあらゆる国を旅しました。そして、研究者やトップブリーダーを取材しました。こっそり、犬舎の台所をのぞきました。大きな冷凍庫を持ち、生の肉や腸を貯え、調理して与えていました。以後、必ず、食事の取材をしました。立派なブリーダーは、ドライフードを使っていませんでした。
  • ‥‥高温処理。乾燥。そして、製品にするために使う酸化防止剤。考えてみれば、便利さを追求するあまり、食べ物から多くの貴重なものを奪っているのです。
  • ‥‥アレルギーは困りました。安いドライフードには、人が利用した残りのカスが含まれていたりするからです。

 ここまでの論理についてはなんら異存がないどころか、全く以て仰るとおりだと思う。
ところが、これから先の話はどう考えても重大な論理矛盾を感じざるを得ない。


  • ‥‥米! 私たちが普通に食べるご飯です。それに動物性のフードを混ぜてやればいいのです。なあんだと思いました。まさに目からウロコでした。飼い犬が一頭なら茶碗一杯分余分にたいて、レトルトをかけてやればいいのです。この際、かける分を温める必要はありません。だって、今時の電気釜には、保温のシステムがあるからです。

 ドライフードという飼料を否定し、肉食動物本来の食事のあり方に対し滔滔と述べ立ててきた挙句、どう考えれば米に行き着くのだろうか?残飯に味噌汁をぶっ掛ける、そのような犬の食餌を世界の研究者やトップブリーダーはやっていない、とあなたは言っていたではないですか?
今時の電気釜云々については笑ってしまうしかありません。


  • ‥‥本当にまれに、例外的に、米に対するアレルギーを持つものがいます。そんな時は簡単です。他の植物性の食べ物にしてあげればいいのです。

 目からウロコというほど米にたどり着いたのに、米アレルギーの子達に対し、あきれるほど簡単に他の植物性の食べ物に変えればいいと片付けているけれど、一体、その植物性の食物って何ですか。


  • ‥‥原点に立ち返れば、ごく平凡なことでした。でも、人は変なものです。ここに到達するまでには、長い時間と旅が必要でした。私は、いま、これは犬の食事の革命だと思い始めています。犬のしあわせ──と言うよりも、愛犬の健康について、日夜心を砕いている飼い主に、私はこのフードを捧げたいのです。

 この推奨文は、賞味期限が過ぎたコンビニ弁当から飼料を作っている会社から「ムツゴロウさんと考えたお米を使うわんちゃんごはん」なる代物に対し附せられている。
しかも、アレルギーに困り果て、小麦を避け米にたどり着いたのだとしたら、このペットフードに使われている鶏やビーフ(アレルギー特定食品)についてはどう説明するのだろうか。

何十年も動物飼育に関わってきて、プロの麻雀打ちとしてよりも、一般的には動物タレントして社会に影響力を持つ畑ムツゴロウさん。商品先にありき、ということで、無理やりこのような時代錯誤のペットフードを革命だとまで言い募り、論理矛盾をはらんだ推奨文を書いたことに対し、私の立場として、とても看過できない罪深い問題としてとり上げざるを得なかった。
麻雀においてトッププロであるのだから、3人の敵に対する目配りは尋常ではないはずだ。それと同様の気配りを、犬たちの飼い主さんに対しなさねばならないと思う。
余りにもいい加減すぎる。
なお、この商品に関しては賞味期限切れのコンビニ弁当から作られたものではないことを願うばかりだ。

 
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