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2008-04-14

エサから食事へ

 畏友のO氏から「犬界新聞」が送られてきた。
新聞には、O氏が2回に亘って「シェパードと共に!」という寄稿文が掲載されていた。 その一部を転載する。


シェパードに限らず犬の飼育には「エサ」が頭の痛い問題であり、また楽しみでもある。……今日のように良質のドッグフードが無かった時代は、残り飯に味噌汁をぶっ掛けたり、ウドンだったり芋も使われ、魚のアラや鶏頭などは上等であった。牛肉・馬肉にはなかなか手が届かなかった。
「どんなエサをやっているんですか?」少年時代は恐いもの知らずで、自転車を飛ばし近所の名犬を飼っているお宅を訪ね廻ったものである。……現代は良質なドッグフードが安易に手に入る時代でも「エサ」は100%ドッグフードだけでは何か不安で、それにお米の「おじや」や、鶏頭、さらには魚の缶詰、生肉等をトッピングしている人、またドッグフードには全幅の信頼は寄せられず、犬は肉食動物だからといって生肉中心で貫いている人、個性の豊かさは今もって変わらない。……

 この、O氏の一文にはとても興味深い点がある。
今時の犬の飼い主さんは「エサ」などという言い方はしない。私も含め、古くからの犬飼いはもれなく「エサ」と言い、「食事」とは言わない。私の場合、このコラムなどでは、「食事」とはどうも照れくさくて言いにくいので「食餌」と書いている。
そんな細かいことはどうでもいいのだが、重要な点は、……「エサ」が頭の痛い問題であり、また楽しみでもある。……という所だ。

O氏は、何とかシェパードの名犬をモノにしたいという一念で、50年以上も「エサ」について悩んでいて、その果てに、ドイツの名だたるシェパード犬舎に人を送って「エサ」の内容を調べたくらいの方だ。
そのうえ、悩むことが楽しみでもある、と言ってのけるところがO氏の大人物たる所以でもあるのだが、O氏の場合、犬を飼うことが徹頭徹尾、趣味であり道楽であることの証左でもある。080414t1 ブリーダー時代、私もO氏同様に「エサ」で悩み抜いた一人だ。
繁殖を生業にするためには、血統の優れた名犬でなければ仔犬が商品にならないため、種牡、種雌はこれ以上の名犬はいない、というような外産犬を集めた。
そのためには、かなりの金額を投資しなければならず、いわば財産をかけて犬を揃えなければブリーダー業は始まらない。
その上、十数頭の犬たちを養っていくためには、その「エサ」代が馬鹿にならない。ブリーダーの先輩からは、ドッグフードだけやっていれば大丈夫と教えられ、その通りにやっていたら、半年もしないうちに、うっとりするくらい美しく、元気に運動場を走り回っていた犬たちの調子が落ちてきた。
そのうち仲間から、ドッグフードだけではダメだと忠告を受け、鶏のとさつ場に鶏頭、豆腐屋におからを貰いに走り、挙句の果てには、○○ハムと交渉し、賞味期限切れ近くなって返品されたハムやソーセージを貰いに行ったりもした。
ところが何をやっても上手くいかず、何とかしなければと犬関連の本を読み漁り、動物学者、動物園、猫のブリーダーまで訪ね廻って教えを請うた。
その結果、犬には生肉を与えなければならず、それも馬肉が最適である、との答えに行き着いた。
そして、当時、犬、猫用の生馬肉を販売していたP社を見つけ生馬肉を与え始めたところ、みるみる犬たちの体調が改善していったのである。
この段階で、私の中では、全財産をかけた死に物狂いの労苦を経て、犬の「エサ」は生馬肉がベストである、との揺るがぬ結論にたどり着いたのだった。
ところが、それ以降、生馬肉食で犬の飼育を行い、ブリーダーとしての仕事にまい進したのだが、生馬肉食を用いることでは採算性が取れるはずもなく、最終的には廃業に追い込まれる結果となった。
愚の骨頂とはこのことだ。

O氏にとって、犬の飼育はあくまでも趣味である。私は愚かにも趣味が高じて商売に手を染めてしまった。「エサ」の悩みが、楽しみである、という余裕も何もなく「エサ」に悩み抜いた上、たどり着いた理想の「エサ」だったのだが、今度はその「エサ」代金の捻出に苦しみ抜いたのである。
同じ犬馬鹿でも、O氏は道楽であり、私の場合は繁殖業者という商売人なのだ。
アマチュア、素人という言い方、もう一方をプロという言い方になるのかもしれないが、こと、「エサ」に関しては、プロはアマチュアにかなわないというのが本音だと思う。

永年、道楽でG・シェパードを飼育している偉大なるアマチュアであるO氏には、多くの犬業者の取り巻きがいる。当然のことながら、「エサ」で悩んでいるO氏は、その取り巻きの連中に何を与えればいいのか尋ねることになる。
G・シェパードに限らず、古くからの繁殖業者などがよく言うことに、内産は外産の犬にかなわない。大型犬が何代かすると小型化してしまうというようなことが話題になる。
そして、そうなってしまうことの理由は、日本の水、あるいは土の成分が悪いからだ、と口を揃えて言う。犬は土の上で運動させなければならない。何故なら、犬は足の裏からカルシウムを摂取するからだと、犬と盆栽を一緒にしているような、そういう訳の分からないことを言う人までいる。迷信の類のような話は限りなく存在するのだ。
そして、豆腐のおからだとか卵の殻、いわしの頭だ、魚のアラだとか、ラーメン工場、食品工場の食品廃棄物などなど、要するに、出来る限りお金の掛からない「エサ」を探し求め、「エサ」という言葉の概念そのもの(市販のペットフードも含め)を実践しているのだ。そこは商売なのだから、出来る限りコストカットしなければならない事情は、自分の経験からして痛いほど分かる。
だからといって、このような「エサ」をプロがアマチュアに伝授してはならないのであって、一人一犬で、あらん限りの愛情を持って犬を育てている飼い主には、本来あるべき「食事」のあり方を伝えなければいけないのではないかと思う。
そうしなければ、いつまでたっても外産犬に内産犬は太刀打ちが出来ないことも事実であるし、アマチュアの飼い主さんが犬との幸せな生活を望むべくもない。

「エサ」から「食事」という時代に変わったのだから、そしてある程度、日本人の生活も豊かになったのだから、プロの方々はいずれにしても、できるだけ優秀な犬、そして健康な犬を育てていくためには、犬たちにとって理に叶った食餌管理を実践することが求められる。
犬の生涯をまっとうに過ごさせるためには、ある程度の費用が掛かることを覚悟しなければならない。その費用のうち、最も優先しなければならないのは健康であり、健康の基本が「食」にあることは私たち人間も犬たちも変わらない。
犬たちに備わった生命力を犯すことなく、最大限に発揮させてあげることこそ飼い主の責務なのであり、治療の前の予防こそが重要なのだ。

健康な犬育てが大前提となって、人それぞれがどのように犬たちと楽しんでもそれは自由だと思う。
私は今、プロから足を洗ったことで、犬たちの健康を優先した飼育を存分に実践し、ようやく犬たちと暮らす醍醐味を感じられるようになってきた。